ポール・セザンヌ(1839-1906)が1877年頃に制作したとされる《永遠の女性》は画面中央の裸婦を様々な社会階級を表す男性たちが取り囲む様子が描かれた作品である。この作品は女性に対して複雑な感情を抱いていたセザンヌによる客観的な視点に基づく女性描写がなされている点、さらに1870年代後半から1880年代の作品に現れた規則的なタッチによる画面構成、いわゆる「構築的ストローク」が見られる最初期の作品である点などから、セザンヌの画業における初期から中期ないし後期への転換点に位置する作品として解釈されてきた。しかし、寓意的で多様なモチーフや様々な同時代文化との親和性から、現在においても幅広い解釈が提示され続けており、統一的な見解は未だ定まってはいない。また、近年の研究では裸婦の赤い眼を含む作品の数か所が改変され、約30年間にわたって誤った図像の状態で展示されていた事実が明らかになるなど、作品の多様な側面を視野に入れた包括的な分析が必要とされている。
本論文ではこうした研究の現状を踏まえた上で、作品の主題や構図、技法といった複数の角度から分析を行い、《永遠の女性》が内包するセザンヌの複雑な様相の一端を明らかにすることを目的とした。その結果、本作品が画家の制作における継続的な関心、また初期作品との連続性を保持する一方で、画家の心を一時的に捉えた様々な外的要因とその反応を示すものであることが明らかとなった。作品は「裸婦と人物」という主題やエドュアール・マネが1865年のサロンでスキャンダルを巻き起こした《オランピア》に対する受容と解釈、同時代の娼婦の表象、そして新たな絵画表現の模索など、制作当時のセザンヌの多様な関心が示されたものだったのである。しかし、画面に描きこまれた判読不明な形態や赤く塗りつぶされた裸婦の眼など、作品には依然として解釈の可能性が残されており、今後もセザンヌ研究における重要な示唆を与える作品であると言うことができるだろう。
鈴木 暁子