武蔵野美術大学 造形学部卒業制作 大学院修了制作 優秀作品展

ヤン•ファン•エイク作 ≪宰相ロランの聖母子≫ に関する考察

秋本 真奈帆 造形理論・美術史コース

論文
くるみ製本
297×210

ヤン・ファン・エイク(1390年頃〜1441年)の代表作の一つである《宰相ロランの聖母子》における寄進者表現は、寄進者ニコラ・ロランと聖なる存在である聖母子が大きさ・位置ともに対等に描かれているという点で大変珍しい。また、寄進者が自身の守護聖人の仲介を伴わずに聖なる存在と同じ場所に描かれている点も新しい表現である。本論文では、寄進者表現に焦点をあてて本作品の制作意図を考察した。これによって本作品には鑑賞者を画中の空間に取り込もうとする仕掛けがされていることを明らかにした。
また本作品において重要な点は新しい寄進者表現だけではなく、油彩技法も挙げることができる。このヤンによって用いられた卓越した油彩技法は、西洋絵画史に大きな発展をもたらした。具体的にヤンが確立した油彩技法には「滑らかなグラデーション」、「徹底的な写実描写」、「空気の描写」を挙げることができる。本論文では、図像解釈だけではなく、油彩技法や構図などの技法的な面からも観察することで本作品の特異性について論じることを目標とした。

担当教員:北澤 洋子
とりわけ画家の個人様式すなわち作品の特徴、の核心を捉えて言葉に置き換えている第3章は、本学造形学部油絵学科出身で、美術館における教育・普及の仕事を志す筆者の面目躍如である。15世紀初頭の油彩技法の検証から始めたのち、近視眼的に精緻に描き尽くすとしばしば形容され、その精緻さ自体が“細部に神が宿る”と賞賛されるヤンの描写法に対して、観察眼を発揮する。作品のディテールに即した「モチーフ自体ではなく、モチーフの周辺を描くことで表す技法」、「描きこむことだけではなく、最小限の手数で確実に描く技法」という分析が説得力を持っているのは、筆者が簡明に記述する力と優れた観察眼の双方を有しているからである。